金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
『――――長いこと、待たせてしまいましたが』
先生の声からは、深刻そうな雰囲気は漂ってこない。
だから私は安心して、耳を傾けることができた。
『僕は、一人の男に還(かえ)りました。だから千秋はもう、何も心配しなくて大丈夫ですよ』
私は、今までの不安を体の中から全部出し尽くしてしまうように、小さく長く、ため息を吐いた。
よかった……本当によかった。
私、先生の隣に居てもいいんだって。これでやっと、胸を張れそうな気がする。
「小夜子さんは……元気そうでしたか?」
愛されている自信があると、不思議と彼女のことも自分から聞くことができた。
私がそんなこと聞くのはお門違いなのかもしれないけど、小夜子さんも幸せであって欲しいって、素直に思えたから。
『……電話で話をして、届けのやりとりは郵送で行ったので、顔は見ていないんです。お互いに、今一番大切な人を苦しませないために、その方がいいだろうって。
……勘違いしないで欲しいのですが、決して小夜子に会ったら心が揺らいでしまいそうで怖かったわけではありません。
彼女には元気で幸せになって欲しい。でも僕が、この手に抱き締めて、笑顔にしてあげたいと思うのは千秋だけだから……会う必要はないと判断したんです』