金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜

私が先生の家を訪ねた頃、先生は庭に出て何か作業をしていた。

近づいてみると、プチンプチンと園芸用のはさみで収穫されていたのは、太陽みたいに光る真っ赤なミニトマト。

隣の畝(うね)では、茄子とピーマンもツヤツヤの実をつけてる。



「野菜も育ててたんですね……」


「……ええ。本当はもっと畑を広げたかったけど、もう僕は世話できないので……この夏野菜が最後ですね」



最後……

その言葉だけが強調されて、私の耳に届いた。



「千秋」


「はい……」


「外は暑いですから、中に入ってこれ、食べましょう?冷えてないけどその方が甘さを感じると思います」



カララ、と音を立てて縁側に面した窓を開けた先生。

私もそこから室内に上がらせてもらい、居間で待つよう促される。


トマトを洗いに台所に消えていく背中は、別れについて話すのを先延ばしにしているような……

そんな雰囲気が漂っていた。


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