金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
ここで、先生と会うのも……もうきっと、何回もないんだ。
そう思うと、この古びた家がとっても愛おしいものに思えてくる。
先生のにおいと、色あせた畳と。
ここから見える、庭の緑と。
「まだ、早いって……」
目頭が熱くなってきたのを感じて、私は慌てて天井を仰いだ。
今日でお別れってわけじゃないんだから、泣くな……
「――――お待たせ」
先生が、ガラスの器に水滴の付いたミニトマトを乗せて戻ってきた。
スーパーで売っているものより小ぶりで、でも色の鮮やかさは負けていないそれはとっても美味しそう。
せっかくだから、一つ頂こう……そう思って伸ばした手を、先生が掴んだ。
「あれ……食べちゃダメなんですか?」
「いえ、いいんですけど……なんかこう、ラブラブな食べ方をしたいと思いまして」
「ラ……ッ」
先生の口から、ラブラブという言葉が飛び出すなんて。
驚きと恥ずかしさで、固まってしまう私。
「千秋、あーん」
戸惑う私はお構いなしで、先生が口元にトマトを持ってくる。
私がほんの少し口を開くと、赤い丸がそこに放り込まれた。