* another sky *

「新しいプログラム??」


「いや。一昨年の。」


「ふーん。」


上原 翼。
ウエハラ タスク。


彼は去年現役を引退した、フィギュアスケーターだ。

今はインストラクターとなり、後輩たちの指導をしている。


彼は週に2回、自分でリンクを貸し切り、練習していた。

ただ、個人で貸し切るとなると、どうしても朝早くか夜遅くになる。

誰もいない、たったひとりの観客になれるこの贅沢な時間が、私は好きだった。


ダイナミックなジャンプと、美しいスピン。

そして磨き抜かれた演技力。

凛とした、翼の集中力は素晴らしい。

私が居ようが居まいが、関係ない。

常に、自分と戦いながら、自分と向き合う姿に、私は否応無しに惹かれてしまう。

私には無い、強烈な個性、人間性に、単純に憧れているんだと思う。


ふらっと立ち寄って、少し会話して。


それだけなのに、何故か癒されて。


だけど、―――――。


壁を取り外せない私は、踏み込めないで、いた。


翼の気持ちは…、ちゃんと伝わっている。

わかっているけれど、私がそれを、受け付けないだけ。

だから、翼も何も言わない。

何も言わず、そばにいて、普通に接してくれていた。

この、『普通』が何よりも有り難くて、翼の前だと、少しずつ素直に本音が言えるようになってきていた。


それが、ここ最近、―――。


お互いの気持ちが、友達から少し変わったように思う。
< 256 / 769 >

この作品をシェア

pagetop