Enchante ~あなたに逢えてよかった~
9 あなたに逢えてよかった


まるで子供の悪戯のように立て続けに鳴らされるチャイムに
「はいはいはい」 と呟きながらドアを開けた絢子は
突然ぶつかる様に引き寄せられた場所が
広くて鍛えられた人間の胸板だとわかるまでに数秒かかってしまった。



その胸に頭を抱えこまれているせいで視界もほとんどない。
何が何だか分からないままだ。でも絢子は声を上げなかった。
なぜならその香りと感触で今自分を抱きしめているのが誰なのかが
わかったから。



「駿?!」



体を捩って伸び上がるように澤田の肩に顔を上げると
開いたドアの向うに手を振る大和の姿が見えた。



なんてこと!



大和は自分を見て表情を変えた絢子を制するように
人差し指を口元にあてて首を振り、両手で胸の前でハートマークを作ると
「じゃあね」 と声には出さず口元だけ動かして
そのまま通りに停めてあった車に乗り込んだ。


あいつめ!何がじゃあね、だ。人の苦労を水の泡にしてくれちゃって!


そう内心で呟いて深いため息を落とした絢子は
目の前にある厚い肩に頭を預けた。



「何しに来たのよ・・・バカ」



絢子は澤田の背中に回した手で拳をつくり、その広い背中を叩いた。



「話を、ちゃんと貴女と話をするために」
「今更何を話すのよ?もう話はついてるでしょ。・・バカ」



絢子はまた澤田の背中を叩いた。今度は左右交互に、ふたつ。



「せっかく追い出してあげたのに。本当にバカね!何をやっているのよ!」

「バカは絢子さんの方だ。あんな小芝居を俺が信じると思ったのか?」

「それでも、信じたじゃない。やっぱりバカは貴方よ」

「・・・そうだな。きっと俺はバカなんだ。
貴女を想うばかりで貴女の想いにまで気付かなかった」

「駿・・・」


絢子、と切なげに自分を呼ぶ声に顔を上げた絢子は
困ったように笑う澤田と目が合った。



「こんなバカで余裕のない男は嫌いだろうか?」

「嫌いじゃないわ、バカ・・」



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