Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「絢子」
「ん?」
「本当に・・・ダメなのか?」
「ごめん」
「どうしても?」
「どうしても」


澤田は自分と一緒に来て欲しいと絢子に懇願した。
でも絢子は此処が私の居場所なのだからと
頑として首を立てには振らなかった。


此処は自分の命と人生の半分を代償にして得たようなものだと
絢子は思っていた。だから執着しているという訳ではないし
拘っているわけでもない。けれど自身の分身の様に思えてならない彼女は
此処を離れることも手放す気にもなれなかった。



「ここで俺を待っていてくれると自惚れてもいいだろうか?」
「ごめん。待つのはキライなの」



待つこと。それは時間が経つにつれて重荷になる。呪縛になる。
どうしているのか、どうしたのだろうか、と
疑心暗鬼になりながら過す時間が
お互いを愛しく思う気持ちを濁してしまうかもしれない。
そんな風になるくらいなら、ここで関係をリセットして
もう一度めぐり逢う事を期待しながら居た方がいい。
それまでは互いの人生を精一杯生きていく方がいい。


それが絢子の答えであり提案だった。



「わからなくもないが・・・もし もう一度出会えなかったら?」
「それは縁が無かったと諦めるしかないわ」
「諦め切れなかったら?」
「そこまで想われたら本望ね。ありがとうって心から感謝しちゃう」
「茶化すなよ。答えになってない」



また笑いあって交わすキスは触れるだけなのに蕩けるほどに甘くて
もう一度、と強請るように絢子が唇を寄せると
「ちゃんと答えてからだ」 と囁いた澤田の指先が絢子の唇に触れた。



「捜すしかないわね。世界中駆け回ってでも」
「よし。わかった」



やけに自信に満ちた澤田の言葉に絢子は噴出した。
この男なら本当にやりかねない。
笑いあったままで交わしたキスに今までにない幸福を感じながら
絢子は澤田に告げた。



「あなたに逢えてよかった」



答える代わりに絢子を強く抱きしめなおした澤田には
確信にも似た自信があった。これで終わりにはしないと。



二人は互いの温もりを感じながら
ゆっくりと白く明けていく空を見つめた。


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