Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「・・・こ・・・糸・・聞こ・・るか・・・」
「あ、糸居だ」と小さく呟いた三木は
サンバイザーの角度を変えて、そこに挟み込むように設えてある
小ぶりなマイクに向かって話し始めた。
「はい、こちら三木。糸居、今どこ?ちょっと聞こえにくいよ?どうぞ」
「・・ああ・・合流地・・・あと6km。そっちは・・・」
「近いね。足柄のSAまであと1キロ。先行って待ってる。どうぞ」
「・・ラジャー」
サンバイザーの位置を戻して車線変更をした三木に
澤田は「なあ」声をかけた。
「ん?」
「今時、なぜ無線なんだ?」
「え?」
「携帯電話があるだろう」
「ああ、あれは運転しながらだと使えない事になってるでしょ?」
したり顔で言う三木に澤田はなるほどな、と頷いた。
「それにこういうレトロな感じ、結構好きなんだよ。
どうぞ、とか ラジャーって言うの、ちょっとカッコよくない?」
子供の頃の戦隊ヒーローごっこみたいでさ、と悪戯に微笑んだ三木が
左にターンシグナルを点滅させた。
「次は澤田にも喋らせてあげるよ」
「結構だ。遠慮しておく」
「またまた。ホントはやりたいくせに大人ぶっちゃってさ。
そういうとこ、子どもの頃からちっとも変わってないよねー。
かわいくなかったよね、昔から」
「悪いか!」
「ほーら。そうやって開き直るところも変わってない」
「うるさい!」
他愛のない会話は止む事が無いままで
車は緩やかなカーブに沿って減速し始めた。