Enchante ~あなたに逢えてよかった~
彼女はこのホテルのテニスコートで開講されているスクールに
通い始めて1年ほどになる。
室内なので天気に左右されることのない安定感と
自分のレベルにあったクラスなら
曜日や回数に関わらず、いつでも何度でも参加できる
チケット制のレッスンが気に入って入会した。
「ああ!絢子サン。どーも」
ラケットを小脇に抱え、満面の笑みで絢子を迎えたのは
大和祐作だった。彼もこのスクールの受講生だ。
ちょうどロッカールームから出てきたところだった。
「今日もよろしくお願いします」
「はい、もう喜んでv 何ならレッスンの後も
ヨロシクお願いされちゃいますよ?」
「おあいにく様でした。レッスンの後は予定があるの」
絢子は今夜から週末にかけて
書きかけている小説の続きを書きたいと思っていた。
小説を書くと言っても、読書好きが高じて書き出した
趣味の範囲を出ないもの。だからこの週末と時間を限定して
どうしても書かなければならないというものではないが
それでも何か目標があるのと無いのとでは張り合いが違う。
絢子は仕事帰りに立ち寄った本屋で
何気なく手にした雑誌に載っていた投稿募集の記事を見つけて
試しに一度投稿してみようかと思い立たのだった。
「まただよ~。そう言えば僕が引き下がるとでも?」
「違うわ。本当に予定があるの」
投稿の締め切りを考えると
少しペースを上げていかないと間に合わない。
とはいえそう調子よくスラスラと書けるものでもない。
平日の夜の細切れの時間ではなかなか没頭もできず筆が進まない。
なのでこの週末に腰を据えてじっくりと取り組むつもりだったのだ。