Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「それは残念。まさか男じゃないよね?」
「まさかって・・・ちょっとソレ、何気に失礼じゃない?」
「ごめんごめん。そういう意味じゃないんだよ。
ボクの絢子サンが他の男とデートしやしないかと心配でね」
「勝手にアナタの私にするのはやめてくれる?」
「いや、言っておけばそのうちそうなるかなーという期待を込めて」
「そんなことにはならないから無駄よ?」
「相変わらず つれないですねえ・・・絢子サン」
「あ。もう準備体操始まってる!早く行かないと」
「はいはい・・・」


大和は大げさに肩を落として見せながら
コートへの入り口になっている観音開きのガラス扉を
絢子の後ろからひょいと差し出した片手で押し開けて
絢子をさりげなく促した。
この男のこういう何気なく女性を気遣う
男らしい仕草が絢子は嫌いじゃなかった。
そして逢うたびに飽きもせず絢子を口説くのも然り。
さらりと軽やかな口調で、本気で口説いているというよりは
言葉のやり取りを楽しんでいるかのように思えて
絢子も嫌な気はしなかった。むしろ彼女もそれを楽しんでいた。


「あー…そうだ。今日は僕、ジュニア選抜の子達の相手なんですよねえ」
「いいじゃない?若い子は勢いがあって打ち合っても気持ちいいでしょ」
「そうですけど・・・絢子サンとやるほうが気持ちイイ」
「こーら!知らない人が聞いたら誤解するでしょ、その言い方!」


もう!と絢子は大和のわき腹に軽く肘を入れた。


痛てて、と大げさに身体を屈めた大和は
ひょろりとした痩身の長身に色の濃い丸眼鏡をかけ
服装もウエアもモノトーン中心のダークカラーが多いせいか
話をしてみれば明るくて柔和で親しみやすい人物なのに
一見は近寄り難い怪しげな印象だ。その上、時には
無精ひげも生やしているのだから尚更だ。


そんな風貌からはとても想像がつかないが
彼は「学校法人やまと学園」の経営者であり理事長でもあり
主に幼児教育に力をいれているというから人は見かけによらない。
絢子は大和の素性を初めて知った時、つくづくそれを感じたのだった。


とはいうものの、よくよく聞いてみれば
大和の父方の祖父が始めた事業で、その後継者に
「たまたま収まっただけ」というのは本人の談だ。
大学の卒業を控え就活をしていたら
たまたま高齢で引退を考えていた祖父に声を掛けられただけだ、と。


祖父の息子である大和の父も娘である伯母も
学園経営には全く興味を示さず、全く別の仕事に就いてしまったので
祖父は血縁者の後継は諦めて、学園は自分の代で
辞めるつもりでいたところに
それこそたまたま孫が教職の資格を得て大学を卒業するというので
それなら駄目もとで一度訊いてみようか、くらいなもので
別に期待もされていなかったんですよ?と
大和は自嘲気味に答えた。


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