Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「なんとも哀れだねえ・・・大和君は」
「いつもの事ですよ?アレは。もう日課みたいです」
「まぁまぁ。絢ちゃん、そうつれない事いわないで。
たまには付き合ってあげたら?」
本来コーチやスタッフには、レッスンの受講者と
あまり距離を近しくしてはいけないという暗黙のルールがある。
贔屓しているとかしないとかの苦情や
男女の関係であるとかないとかの
あらぬ疑いやトラブルを避ける為だ。
それなのに絢子に対して柏木が何故こんな事を言えるのかというと
実は一年前までは彼女がこのクラブのフロントに勤務していたからだ。
派遣社員として働く絢子は三年間の契約期間が終ったのを機に
スクールの受講生になったのだった。だから柏木には絢子に対して
受講生というよりスタッフとしての認識がまだ強くあるのだろう。
「大和君、ああ見えても紳士だよ。フェミニストだし」
「でも・・・」
「不埒な事はさせないと誓約させるから
食事くらい付き合ってあげなよ」
絢子は柏木の、眉を八の字にしたちょっと情けない表情に弱かった。
無碍にはできない気にさせる妙な威力があるのだった。
「ええ、ええ。絶対にしませんから~。神様に誓って!仏様にも!」
柏木の援護を受けて、渡りに船とばかりに絶妙なタイミングで
大和が会話に割って入ってきた。
「ね、大和君もこう言ってる事だし・・・」
頼むよ、と苦笑いしながら手を合わせる柏木は
無理を言って大和をコーチングスタッフに加えた事で
彼に多少の引け目を感じているのだろう。
それより何より大和のお陰で受講者も増加しているクラブにとっては
彼はは広告塔でもあり金の成る木でもあるのだ。
はいはい。あまり無碍に扱ってご機嫌を損ねるな、という事ね。
絢子も大和との食事がどうしても嫌だったわけじゃない。
彼との会話は楽しいし、常にさりげなく
気配りをしてくれるのも心地良い。
ただ今夜は夜更かしして小説の続きを書こうと
朝から決めていただけに、それが明日からになるのが
何となく出鼻をくじかれたようで、何となく釈然としない思いが
拭いきれないでいたのだった。
けれど、所詮は趣味だ。
どうしても優先しなければならないほどの大事ではない。
まあいいか・・・と短くため息を落とした絢子は
「わかりました」と頷いた。