Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「彼の様子を見るのを口実にして僕が絢子サンのお家にお邪魔できるし
絢子サンだって犬を飼うよりいいですよ。
躾けもしなくていいし散歩やフンの始末もいらないですしね」

「そういう問題じゃないと思うんだけど…」
「いえいえ。そういう問題です」
「ん・・・そこまで言うなら、大和くんのところにおいてあげれば
いいじゃないの」

「それは無理です。我が家には姉夫婦から預かった
年頃の姪っ子がいますからね。
妙齢な男を同居させるなんてとーんでもない!
姉夫婦に何と言われるやら」


大和は海外に赴任中の姉夫婦の一人娘を預かっていた。
彼女は受験を理由に日本に残る事になって
彼がその間面倒を見ているのだ。
来春大学の受験を控えているというから、年は17か18。
お年頃の女の子だし大和の言うのも一理ある。


がしかし、だ。


だからと言って30過ぎの女のところなら構わない、という
理屈にはならない。
それにコッチだって誰に何をいわれるやら、と
絢子は眉根に皺を寄せて、唇を軽く噛んだ。


ご近所マダムの邪推の餌食になるのはごめんだった。
ただでさえ30過ぎの独身女が一戸建ての家を建てて
一人暮らしをしているというだけで
さも訳アリのように見られているのだ。
あながち訳がないわけじゃないから
そう見られても仕方がないけれど
そんなお家事情は赤の他人にペラペラ喋る事じゃないし
話さなければならない義理もない。 
当然、探られるのも心外だ。


あの家は終の棲家だと思って手に入れた自分の城。


その城で静かに穏やかに余生を送りたいと願う絢子は
これ以上、妙な噂を立てられたくはなかった。



「ごめんなさい。せっかくだけどやっぱり無理」

「あ~~!なら、一度面接しましょう。面接!
百聞は一見にしかずといいますからね。
彼に実際に会ってもらえば気も変わるかもしれない」


「変わらないと思うけど・・・」

「その時はその時です。ね?いいでしょう?
会うだけ会ってみましょう。
ああ!お銚子、空ですね。もう一本、どうです?
絢子サンの好きな味噌田楽もつけますよ、ね?」


常連にしか出さないという味噌田楽に釣られたわけではなかったが
これほどに言うのだし、会うだけなら別に構わないかと
絢子は明後日の日曜の午後に面接を兼ねた来訪を承諾した。




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