Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「あらちょっと何よぅ、二人で何ヒソヒソやってんのよ?」


暖簾をくぐって入ってきたのは右半身は白地に黒の縦じま
左半身は黒地に細い銀糸が縦に織り込まれた和服を
深い緑に一筋だけ紅を効かせた半襟と同じ色の帯で粋に着流した男だった。
正確には男だけど中身は女の、いわゆるオネエだ。
シナをつくって歩み寄り、二人の間から顔を突き出した。


「キャサリン?!」


声を上げたのは絢子だった。
キャサリンとは、この男の源氏名で、彼も絢子と同じテニススクールに
通っている。当然大和とも顔見知りだ。


「ちょっとアーヤ!アンタまさか大和ちゃんに粉かけてるんじゃないでしょうね?」
「違います。かけてません~」
「大和ちゃんはアタシが狙ってるんだからあ!アンタ、邪魔しないでよ?」
「しませーん。全然しません、する気もありませーん!」
「よし!いい子♪」
「あーあ・・・ 来ちゃいましたか」


と小さくため息を吐いて呟いた大和に
んまあ!と声を上げたキャサリンは彼の隣に座った。


「何よぅ!自分の店に来ちゃ悪い?」
「自分の店?」


覗き込むようにキャサリンを見た絢子が驚きの声を上げた。


「そうよ。この店のオーナーは あ・た・し」
「知らなかった!」
「あら、言ってなかったかしら?」
「聞いてない~」
「あらそ」


ばちん、と音がしそうなウインクを絢子に投げて
キャサリンは「お酒ちょうだい」とカウンターの中の板前に声を掛けた。
はい、と低く切れよく答えた板前の彼は寡黙で凛々しく
イケメンというより男前と言う言葉がぴったりの硬派だった。
キャサリンはこういう系統が好みなのだろうか?と絢子は思った。


「この店だけじゃなくて
他にもカフェやヘアサロンなんかもやってますよ?この人は」
「そうなの?!」
「何よ?悪い?」
「悪くない。すごい!」
「別にすごかないけどね。やりたいことやってるだけだし」


キャサリンが言い終わるか終らないかのタイミングで
洒落た切子の小ぶりなグラスが差し出された。
ありがと、と答えたキャサリンは
小指を立てて持つと伏し目がちに口をつけた。

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