Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「こちらは、とてもいいお宅ですね。居心地がすごくいい」


部屋をゆっくりと見回し、柱や壁に触れながら三木がしみじみと言った。
先刻、挨拶のときに三木は建築士をしているのだと大和から紹介された。
今は大手建設会社に勤めるサラリーマン建築士だが
いずれ独立して事務所を構えるのが夢だとも聞いた。


その三木に丹精こめて作った住まいを褒めてもらえたのは
心から嬉しいと絢子は思った。
自分だけでなく訪れた人も快適に過してもらえたのなら尚更だ。
何度も相談して妥協せずに造った甲斐があったと
絢子は満足の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。三木さんにそういっていただけるのは嬉しい」
「それに、女性の一人暮らしに特化した動線で造られていますよね?」
「わあ、わかります?さすがですね」
「一目で分かりますしたよ。一階のLDKは完全にそうでしょう?
ぱっと見でしたけど、高さとか幅とか完全に女性サイズというか・・・
貴女のサイズですよね?細かいところは見てないから分かりませんけど
きっと色々拘って造ってあるんじゃないですか?」


三木の見立て通り、ここは絢子が自分の好みに拘り
可能な限りの要望を叶えてもらって造った絢子の「城」だった。
寿命を終えるまでの文字通り終の棲家となる自分だけの居場所。


「今どきは女性が家を購入することも珍しくなくなってきたから
そういう設計をするマンションも少なからずあるけど
戸建てを見たのは初めてだな。実に興味深い。
後でゆっくり見せてもらってもいいですか?」

「もちろん」


「ありがとうございます」と微笑んだ三木に
何て綺麗に笑う人なんだろうか、と絢子の鼓動が小さく跳ねた。
身長もさほど高くない三木は澤田や糸居に比べると身体の線も細く
肩も少し撫で肩気味なので男性にしては華奢に見える。
肌の色も白く、髪質も細くさらさらとしていて面立ちも優しげだ。
そのせいか、中性的な印象を与える。
見た目に違わず、人柄もきっと温和なのだろうと思っていた絢子は
でも・・・と言って腕組をした三木から発せられた意外な一言に瞠目した。



「居心地が好過ぎて性質(たち)が悪いな」
「え?」
「ヤバいよねえ、こういうのは・・・」


上げて落としてな三木の言い様に
絢子は褒められているのか貶されているのか理解に苦しむわ、と
困惑した。苦く笑った表情にその色を隠せなかった。



それを察したかのように三木がひんやりと笑って言葉を続けた。




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