Enchante ~あなたに逢えてよかった~

その後のトーナメントでも勝てない日々が続き
ランキングも落としに落としてベスト80にすら残れなくなった。
翌年の全仏オープンでは予選からの出場を余儀なくされ
本線でも2回戦で敗退した。


テニスは想像以上にメンタルな部分が影響するスポーツだ。
成長途中の少年期ならまだしも、20代も半ばになり実績もできた今は
技術やプレイスタイル同様、メンタル面での維持とケアも
ほぼ完成されているだけに、それが一度崩れると
立て直すのには思いのほか時間がかかる。


培ってしまった自信とプライドが少なからず邪魔をする。
『何時 如何なる相手であっても常に挑戦者の気持ちを忘れずに』
自分にテニスを教え導いてくれた恩師の言葉は
そのまま澤田の心の軸でもあった。
それは今も変わっていない。


無名の頃はどの試合に出ても
練習相手はおろか、試合前のアップの相手になってくれる者さえ
いなかった。相手にされなかったのだ。
壁を相手にボールを打って身体を温めたこともある。
それを惨めだと思ったことはない。
強くなる。この世界ではそれしか道はないのだと
かえって闘志が沸いたあの頃は紛れもなくチャレンジャーだった。


しかし辿り着いた世界ランキング上位という高みは
プロに成ったばかりの、失うものが何も無かった頃にいた世界とは
明らかに違う世界だった。


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