Enchante ~あなたに逢えてよかった~
この後、車で帰京する三木と糸居はノンアルコール飲料を飲みながら
「美味い鮨に酒が飲めないのは辛い!寂しい!」とおおいに嘆き
そんな二人に「気の毒ですが仕方ないですねえ」と言いながら
当てつける様に「あぁ 美味い」と大和は杯を重ねた。
彼らのやり取りを静かに見つめていた澤田は
大和の酌を仕方なくといった風に受けて干し、小さくため息を吐いた。
その様子に男たちの相関図が見て取れるようだと
絢子はこみ上げる笑みを堪え切れなかった。
にぎやかに慌しく食事を終え、そろそろ・・・と
三木と糸居が席を立ったのを機に、お開きにすることになった。
ガレージから糸居が車を出すのを待っている間に
見送りに出てきた絢子に三木がさり気なく歩み寄り
そっと耳打ちをした。
「さっきの話、くれぐれもよろしく」
「・・・・・」
絢子は答えず、黙ったままでいた。
三木の言う「さっきの話」を忘れたわけではなかったけれど
思い出したくないことを思い出してしまったことと
念を押されたことが釈然としなかったからだ。
「絢子さん?」
「・・・・・・」
「ねえ、まさか忘れてないよね?」
三木が必要以上に自分の耳元に顔を近づけて話すのは
おそらくワザとだろうと絢子は思っていた。
三木は自分が嫌がるのを分かっていてやっている。
何て性質の悪い子かしら、と絢子は呆れつつ観念して声を上げた。
「大丈夫。忘れてないわ」
「それなら いいんだ」
よし、と頷いてにっこり笑った三木はあっさりと絢子から離れ
澤田と一緒に少し遅れて出てきた大和とともに車に乗り込んだ。
「先輩を頼む」
「ああ、任せて。じゃね、澤田」
「色々ありがとう。助かった」
「いいよ、そんなの。また何かあったら何時でも連絡して」
「わかった」
「元気で。have a nice vacation!」
軽やかに片目を瞑った三木がウインドウを上げると同時に
車は静かに動き出した。