Enchante ~あなたに逢えてよかった~
3人を見送った後でグラスや皿の類を片付けるために
キッチンに立った絢子の隣に 「手伝います」 と澤田が並んだ。
「大丈夫。食洗器に放りこむから」
「このくらいなら、二人で洗えばすぐですよ?」
「そんなの、悪いわ。貴方はお客様なのに」
「俺はもう客じゃない」
「あ・・・」
「ほら、早く」
一人暮らしの絢子には、こんな風に男性と一緒に皿洗いをするのは
気恥ずかしいようでもあり、新鮮でもあった。
いつもの倍どころか3倍はある
一人ではうんざりするような量の片付け物も
澤田の言うように二人ですれば流れるようにはかどり
あっという間に終わってしまった。
少し物足りなさを感じている自分が意外で、絢子はうろたえた。
「助かりました。ありがとう。疲れたでしょう?
珈琲でも入れましょうか。ああ、それともお部屋で休む?」
「じゃぁ、珈琲を。俺が入れますよ」
「でも」
「いいから。絢子さんは座ってて」
さあ、と微笑まれて絢子は立ち位置を澤田に譲り
カウンターの向こう側へ回ってスツールに浅く腰掛けた。
これから先もこの律儀で行儀の良い下宿人は
あれこれと手伝いをしてくれるに違いない。
豆をひき、フィルターに沿って細く湯を落としていく
澤田の手際の良さに感心して見惚れながら
絢子はふと切なくなった。
やっと一人に慣れたのに・・・
こんな風に思いやり、思いやられる温かさと居心地の良さと
こうして自分以外の人間がいる事の心強さと安心感を覚えてしまう事は
この先ずっと一人で生きていく自分にとって都合が悪い。
絢子は今更ながら今回の一件を了解したことに後悔をした。
「絢子さん?」
「え?! はい?」
「どうか、しました?」
「え?ああ、ううん。・・・上手いもんだなぁと思って」
「このくらい誰でもできるでしょう」
「でもホラ、アナタのような人たちは
こういう事って自分でしないものかと思っていたから」
「俺をどんな人たちと一緒にしてるんですか?」
澤田は 「一人暮らしが長いので家事は一通りしますよ」 と
困ったように笑った。
「絢子さん、何か俺のこと色々と誤解しているようですね」
「そんなことはないと思うけど」
「いいですよ。これからゆっくり解いていきますから。
時間はたっぷりある・・・」
そう呟いた澤田の穏やかな横顔と寛いだ雰囲気は
この家にすっかり馴染んでしまった古くからの住人のようで
それが絢子には不思議でもあり、また嬉しくもあった。
けれど、そんな思いを抱く自分に困惑もしていた。
「さ、どうぞ」
「ありがとう」
落ち着かない気持ちのまま絢子は差し出されたカップを受け取った。