Enchante ~あなたに逢えてよかった~

かと思えば掃除や洗濯の家事もてきぱきとこなした。
アイロンがけなどは絢子よりもずっと綺麗な仕上がりだった。


炊事に至っては、米を炊く魚を焼く汁物を作るの
基本的かつ必要最小限だったのが
有り余る時間のお陰でその領域が徐々に広くなり
ついにはパスタマシンを買い込んだ澤田に
パスタの手料理を振舞われた4度目の週末はさすがに絢子も驚いた。


「ね、貴方って やりだすととことんやるタイプ?」

「さあ どうだろうな?中途半端は好きじゃないけどな」


ソースの芳ばしい香りと湯気の立つ鍋を前に
濃紺のエプロンをつけた澤田の姿を見て
まるで定年退職した古亭主のようだと思った絢子は
こみ上げてくる笑みを堪えきれなかった。



「何?」

「何も?」

「笑ってる・・」

「笑ってないって!」

「何が可笑しい?言わないと食べさせない」

「違う違う!美味しそうだな~と思ったら
つい顔がにやけちゃっただけよ?」


この頃にはもう二人の会話に余所余所しい言葉遣いはなかった。


「嘘を言うと食べさせない」


そういうと澤田はガスの火を止めて
絢子の前までゆっくりと歩いてきた。


「嘘じゃないって!」

「どうだか」

「本当だってば。澤田くん、澤田さま、お願いだから食べさせて!」


お腹空いてるの~と上目使いで手を合わせて強請る絢子に
澤田は甘やかな視線を送ると
彼女の腕を両手で引き自分の腰を抱くように巻きつけた。



「澤田くん?!」

「食べさせない代わりに・・・」

「?」

「キスを」

「っ・・・?!」


< 53 / 112 >

この作品をシェア

pagetop