Enchante ~あなたに逢えてよかった~
そして約束の土曜日。
絢子は朝から支度に余念がなかった。
丁寧に髪を洗い緩い巻き髪に整えた。
メイクもネイルも洋服に合わせて品良くまとめ
万が一を想定して下着も気を使って選んだ。
初めての相手との初めてのときは、下着の色も濃いものよりは
淡い色目のほうが無難だ。意匠もあまり豪奢なものでは
いかにも期待していたようでいやらしいし
かといって機能重視のタイプでは色気も可愛げもないし・・・と
いたるところに細心の気を使い、目一杯のお洒落をして
心弾む思いで絢子は家を出た。
それなのに、21時には自宅の門扉の前で伸吾の車を見送った。
待ち合わせたカフェで互いの自己紹介から始まる話を少しした後
予約した海沿いのレストランへ向った。
途中、二区間の高速道路を使って山合いから海岸へと抜ける
夕暮の景色をを楽しみながらの40分はあっという間に過ぎ
着いたところは海を見渡せる小高い丘の上にある
ホテルのレストランだった。
地元で水揚げされた海鮮メインのフランス料理のコースは
どれも唸るほど美味しくて、初めてのデートの緊張を
忘れてしまうほどだった。
デザートが終り、伸吾がチェックを済ませている間
絢子は化粧室に行き、鏡の中の自分と向かい合っていた。
ここはホテルだ。このまま部屋へ誘われないとも限らない。
初めてのデートだけれど、初対面というわけではない。
しかも非の打ちどころの無い男だし、自分も好意も抱いている。
かまととぶって多少躊躇って見せる演出があってもいいかもしれないが
拒否する理由はない。
その時は・・・ と覚悟を決めて化粧室のドアを押した。
しかし絢子のその覚悟は肩透かしに終った。
ロビーまで行くと、既に車がエントランスに横付けになっていて
彼は迷いも躊躇いもなくエントランスへと歩み、外へ出ると
助手席のドアを開けて絢子を待った。
それを見た絢子は 刹那立ち止まった。
入れた気合と、決めた覚悟が虚しく思えて脱力して
同時に恥ずかしくなった。
何故だか、どうしようもなく居た堪れない気持ちになった絢子は
早足でエントランスを抜けると、助手席に身体を押し込んだ。