Enchante ~あなたに逢えてよかった~
精悍な顔立ちに東洋人にしては長身で
鍛えられた程よい厚みのある身体の澤田は
何を着ても着映えがした。
シンディが自分のお供として連れて歩くには
澤田は申し分ない素材だったのだ。
テニスの後のティータイムに始まって
食事、酒、ときには映画やショッピングにも出かけたが
いずれもデートにしては短い時間だった。
「いいの。今は何より仕事がしたいの。
恋人? 今は要らないわ。こっちの都合ばかりでは
動いてくれないでしょう?色々面倒だもの。
でもたまに食事やお酒の相手が欲しくなる。もちろんテニスもね」
「望みは 都合のいい男・・・という事ですか」
「そうよ」
事も無げに肯定したシンディは言葉を続けた。
「恋人も夫も欲しくない。でも無性に
人肌が恋しくなるときがあるの。
逞しい腕に全てを委ねて甘えたいときがね。
それに応えてくれればいいの」
望まれれば夜の相手も澤田は拒まなかった。
置かれた状況から、そういう事もあるだろうと
察することができる程度には澤田は世間を知っていた。
「何か疑惑を抱かれたり、勘繰りをされたら
恋人だと言っておけばいい。
その方が妙な誤解も勘繰りもされずにすむ。
でもあなたに愛されたいわけじゃない。
恋をしたいわけでもない。だから安心して」
「・・・・・」
どう答えていいのか分からなかった澤田は
黙っているしかなかった。
そんな澤田に向って微苦笑を浮かべたシンディが言った。
「女だって欲しい時があるの。それだけ」
最初の夜にそう囁いた彼女の冷たいキスが
割り切った関係以外のなにものでもないことを
澤田に確信させたのだった。
それでも男女の仲のことだ。
関係を持ったら持ったで面倒事が起こらないとも限らない。
そんな澤田の警戒を自惚れてくれるなと嘲るかのように
彼女は見事なまでの割り切をみせて
澤田に入れあげることはなかった。
食事を終えてナプキンを置くのと同じ感覚で
彼女は事が済むとさっさとシーツの間から抜け出し
シャワーを浴びた。事後の余韻に浸る間もなければ
ねっとりと後を引くような情を醸し出すこともなかった。
またそれを、澤田に抱かせてしまうような
媚びた素振りも一切見せなかった。
シャワーの後でドレスを纏った彼女は
ベッドに横たわる澤田のこめかみに小さくキスをすると
澤田の胸元にかかるシーツの間に封筒を滑り込ませた。
「次の試合は?」
「2週間後 バルセロナで」
「そう 頑張って」
薄く笑って耳元に囁くと澤田の胸板を掌でポンポンと叩き
軽やかに踵を返すと小さく手を上げ
一度も振り返らず部屋を出て行った。