Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「高城伸吾様のご宿泊は承っておりませんが」
「なら 秘書の名前か、会社の名前で予約しているかもしれないわ。
調べてくださる?」
かしこまりました、と言うや否や
素早くキーボードの上で指を走らせたフロントスタッフは
眉根を寄せて答えた。
「申し訳ございませんが、どちらのお名前でも承っておりません」
「・・・すみません。ありがとう」
絢子は引き下がるしかなかった。
これは一体どういうことなのか。
疑惑と怒りと落胆とが綯交ぜになった想いを拳に握りこんで
背後に控えているだろう秘書へと振り返った。
「どういう事?説明して下さい」
絢子は秘書に詰め寄った。
後退りした秘書はホテルのロビーのソファに
崩れ落ちるように座り、居た堪れなさそうに
表情の無い青い顔でうつむくばかりだった。
いくら問い詰めてみても
「お願いです。どうかこのまま お帰りください」 と
繰り返すばかりで拉致があかない。
「帰れるわけがないでしょう?夫はどこに居るの?!」
「すみません。どうか、どうか!今日のところはお帰りください」
「居場所を聞くまで帰りません」
「お願いですから、お帰りを」
この秘書は伸吾が最も信頼している部下であり
伸吾の信頼に叛くようなことはしない忠実な部下だ。
絶対に口を割らないだろうと諦めて絢子は席を立った。
送るという秘書を振り切り、タクシーに乗ってすぐ
絢子は伸吾の携帯に連絡をいれた。
電源は入っていたが、数回呼び出した後で
不在アナウンスに切り替わってしまう。
何度試しても同じだった。
おそらく秘書から伸吾に連絡が入っているのだろう。
忌々しい思いで家に着いた絢子は、ネットで探偵事務所を検索して
連絡を取り、夫の身辺調査を依頼した。不本意だった。
けれど夫への初めての疑いは、疑いというにはあまりにもリアルで
自分ではどうやっても払拭できないと感じた絢子には
こうするしかなかったのだった。