Enchante ~あなたに逢えてよかった~
そして二週間後。 


探偵事務所から連絡があり、出向いた絢子は
報告書と写真を見せられて愕然とした。
そこには伸吾と肩を寄せ合い手を繋ぎ
仲睦まじく歩いている見知らぬ女性が写っていた。



「これは・・・!」
「ご主人と元恋人・・・今は愛人、という事になります」
「そんな・・・」



調査員の報告によると、伸吾には絢子と付き合う前から
将来を誓い合った恋人がいたという。
事故で両親を亡くし、私設で育ったその女性との交際を
父親に反対された伸吾は、匿うように隣市に彼女を住まわせ
人知れずひっそりと愛を育んでいたらしい。


「ご主人様は大学卒業後、お父上の会社ではなく
別の会社に一旦就職して3年ほど勤務していますね?
彼女はそこでの同僚だったようです」


後継者として父親の会社に入る前に
余所の会社で一般社員としての経験をしたという話は
伸吾から聞いて絢子も知っていた。
けれどその時に恋人が居たかどうかというのは知らない。


「伸吾氏が退職した後、半年ほどで彼女も退職しています。
その頃ですね。今のマンションへ引越ししたのは。名義は女性ですが
購入者は伸吾氏。管理費などの支払いも伸吾氏です」


時間をかけてでも両親を説得して、いずれ結婚をと考えていた伸吾は
絢子との結婚はおろか、交際する気さえ毛頭なかったのに
ある日 父親から絢子の話を聞かされ、彼女を気に入っていた父親に
結婚を前提とした付き合いを強制された。


「まあ こういう言い方は失礼かもしれませんが
どうみても老舗の一人娘の奥様の方が嫁としての条件は整っているし
高城社長からすれば体裁がいい」


一家の家長として厳格で絶対の権威を誇る父親に
幼い頃から逆らえなかった伸吾は、その女性とも別れられないまま
父親の勧めるままに絢子と交際し結婚をしたのだった。



その事実を絢子は報告書を読んで初めて知り愕然とした。
交際中、彼が身体を求めてこなかったのも
今時にしては珍しいほどの堅実さも生真面目さも
これで納得がいく、と絢子は思った。



その当時も、そして結婚した今も
夫が愛しているのはその相手の女性だけなのだ。
結婚した後もほとんど自分を抱こうとしない夫に不審をいだきながらも
それは忙しさのせいだと納得させようとしていた自分が酷く滑稽に思えて
絢子は自嘲した。
そして気付くのが遅すぎた自分の暢気さが悔しかった。



「それから・・・もう一つ ご報告があります」
「はい?」
「交際相手の女性は 現在妊娠9ヶ月です」
「え!!」
「予定では来月末に出産かと」
「・・・・・・」


絢子は目の前が真っ暗になった。



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