Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「母親の顔を覚える前に引き取れば
絢子さんを母親として疑うこともなく育つだろうし
何より伸吾の実の子だ。問題はない」


これにはさすがに 父親に従順な伸吾も反発をした。


「待ってください!絢子の心情を考えてください。
いくらなんでもそれは・・・」

「伸吾。お前に絢子さんの心情を語る権利があるとでも?」

「それは・・・」

「いいか、伸吾。お前の後の高城はどうなる?
誰が後継するというのだ?絢子さんはもう子が産めないのだぞ?」

「だからといって 今そんな話をするのは」

「安っぽい感傷など何の役にもたたん。
不測の事態が起こったときこそ迅速かつ冷静な対応が必要なのだ。
それは何も仕事に関してだけじゃない」

「しかし・・・」

「私も母さんも絢子さんのことは気の毒に思っているよ。
しかし嘆き悲しんでばかりいても仕方ないだろう?
お前との結婚は好いた惚れただけの問題じゃない。
高城に嫁ぐということでもあるのだ。
家の為に子を産み繁栄させていくのも大事な務めなのだよ?
それは絢子さんだって承知しているはずだ」


そうだろう?と義父に話を振られた絢子は
否定も肯定もせず、黙ったまま天井を見つめていた。


「不幸な事故だったとはいえ、絢子さんには
それが出来なくなったのだから仕方ない。
養子縁組という手もあるが、何も赤の他人を養子にせずとも
お前の実の子が外にいるんだ。認知して引き取るのは当然じゃないか?」

「そんな勝手は子どもの母親が許さないでしょう」

「許すも許さないも、お前の実の子だよ?母親がごねたら
裁判でも何でもすればいい。親権を争うには
条件的にも状況的にもこちらの方が断然有利だ。
それでも嫌だというのなら、金を渡せば良い」


「ひどい・・・子どもをお金で買うんですか?!」


義父の話は彼なりの理屈だ。経営者として企業を率いていくには
そのくらいの割り切りも必要なのかもしれない。
頭では理解した。でもそれに従うことも強いられることもない。
私は私だ。この場は黙って聞いてやり過ごそうと思っていた絢子だったが
最後は金でカタをつけようとする義父の姿勢には
声を上げずには居れなかった。

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