Enchante ~あなたに逢えてよかった~

それから3日後の、退院したその日に
義父から離婚届を突きつけられた。
空欄なのは絢子の名前だけだった。
伸吾の署名と捺印も既になされていた。


「これは・・・」

「今すぐにとは言わん。しばらく静養も必要だろうから
その間に決めればいい」

「伸吾さん・・・」

「・・・すまない」


かばってくれるはずの夫は、やはり結婚の時と同じく
父親に逆らうことはできずに、義父の傍らに立ち
ただ憔悴しきった表情で黙って唇を噛んでいただけだった。


「子どもの事は交渉を始めている。出来る限り早く・・・
そうだな。3ヶ月を目処に話をつけたいと思っているから
それまでには決めてもらいたい」

「離婚はしないと言ったら?」

「大いに結構。私たちとしてもそれを第一に臨んでいるよ?
しかし、愛人の子どもの継母になる覚悟があんたにあればの話だが」

「・・・・・」

「私が離婚を承諾したら伸吾さんはその女(ひと)と再婚するのですか」

「それはまだ何とも分からんね。向こうがそれを条件にするなら
考えざるを得ないが・・・私としては避けたい。
我が家に相応しい家柄の娘を後妻として改めて迎えたいと思っているよ」


何その理屈、と絢子は憤りを感じた。
伸吾の相手の女性を擁護するつもりはないが
不幸にも孤児となった彼女の身の上を
蔑むような発言は許せないと思った。
それに何より実子である伸吾の気持ちを全く無視した傲慢に
絢子は心の底から呆れた。
こんな思いやりのない父親を持った伸吾を気の毒に思った。


「別れても別れなくても、いずれにせよ絢子さんには酷い話だろうな。
でも堪えてもらう他にない。これも高城の家の為だ」


出来る限りのことはさせてもらうから、と言って
席を立ち、ドアを出て行く義父母の背中を見ながら
絢子は膝の上で拳を握り締めた。
それほどまでに「家」が大事なのか。血筋が大事なのだろうか、と。


このときほど絢子は人を恨み憎んだことはなかった。



< 72 / 112 >

この作品をシェア

pagetop