Enchante ~あなたに逢えてよかった~
そんな婿家で孤立無援となった絢子の味方になってくれたのは
意外にも夫の腹心であった秘書だった。
カウンセリングへの送迎に始まって生活面でも世話を焼いてくれた。
さり気なく細やかな気遣いも忘れず、励ましてもくれた。
絢子が辛うじて正気を保っていられたのも彼のお陰だった。
義父からの宣言の後、夫である伸吾は家に寄り付かなくなった。
相手の女性の出産が迫っているので側に居たかったのだろう。
事実上の別居同然だった。
義父は言うまでもなく、義母も掌を返したように絢子には無関心になり
干渉を一切断った。同じ邸にいるのに顔を合わすこともない。
自分の住まいなのに、見ず知らずの他人の家に居候しているような
この上ない居心地の悪さを感じるようになった絢子は
一旦実家へ戻ることにした。
その頃には夫への気持ちも冷めて未練も怒りも感じなくなっていた。
だからといってすぐ離婚届けにサインをすることはできなかった。
悲しい現実とどうしようもない事実を前に呆然としていても
仕方が無いのは分かっている。何を躊躇しているのか・・・と
眠れぬ夜に苦しんだ絢子はカウンセラーの勧めもあって
実家へ戻ることにしたのだった。
そんな絢子に付き添い、実家へと送り届けたのも夫の秘書で
彼は旧い友人である弁護士を絢子に紹介するという。
「今更 弁護士なんて・・・」
「今後のことを相談するのに必要になりますから」
「まだ別れるとは・・・」
「奥様! もう・・・いいじゃありませんか。
やめませんか?堪えるのは。
そんなことをしても傷つくだけだ。
貴女だって分かっているはずだ。違いますか?」
「言われなくても分かっているわ!でも・・・
でもどうして私がこんな目にあわなきゃいけないの?!
離婚しても伸吾さんには女と子どもがいる。
私は一人になるのよ?子どもだってもう産めない。
不実だったのはあの人よ?私は何も悪い事はしていないのに
どうして?どうしてこんなっ・・・」
「絢子さん!」
秘書が叫ぶように呼び、絢子を抱きしめて
背中を何度も撫でた。
「だからこそ必要なんです。貴女の代わりに
高城と交渉をすすめる弁護士が。
私は・・・貴女に幸せになっていただきたいのです。
幸せになることを諦めて欲しくないのです」
「・・・・・」
「お願いですから自棄を起こさないで。
貴女自身とこれからの人生を大切にしてください」
絢子さんは私よりも5つも若いのですから、と
優しく囁いた秘書の誠実な想いに触れて絢子の涙腺がまた弛んだ。