Enchante ~あなたに逢えてよかった~
それから一週間ほど経った昼下り。
秘書と一緒に弁護士が絢子を訪ねてきた。
「はじめまして。神戸純一です」
柔和な笑顔にチタンフレームの丸眼鏡がよく似合う彼は
長めの髪と関西訛りのある言葉が印象的だった。
休みの日だったせいかスーツ姿ではなく
ジーンズに粋なストライプシャツをあわせ
ジャケットは着ずに手に持った姿だったせいか
一見したところでは弁護士というより美容師という感じだった。
しかもカリスマと呼ばれていそうな、と絢子は思った。
秘書からの事前情報として神戸は相当な切れ者で
裁判では負けなしだと聞いていたけれど
風貌からはとても想像が付かなかった。
「大体のことはコイツから聞いていましたが・・・大変でしたね」
「ええ、まあ・・・」
「ったく。金持ちの考えることは俺ら凡人にはよぅ分かりませんが
女性を泣かす男は許せません。俺が成敗してやりますよ」
フェミニストを自称する彼はウインクをして
「任せといてください」と席を立った。
その後、神戸は絢子の代理人として瞬く間に離婚交渉を成立させた。
しかも現金での慰謝料に加えて、家と土地を購入させるという
絢子にとってはこれ以上ない好条件でだ。
金に渋い義父を頷かせたその手腕に絢子は驚くと同時に感心した。
「お世話になりました。ありがとうございます。」
「実は、オマケでもう一つ」
「?」
「TYTコーポレーションの株を譲渡してもらいました。配当金が入ります。
さしずめこれはボーナス、ってところかな」
「・・・ウソ!」
「いや、ホンマです」
TYTコーポレーションは絢子が婚前に務めていた会社だ。
日本屈指の世界的な大企業であり地元が誇る大手企業でもある。
義父が死んでも手放さない、と言っていた株だった。
「あの義父がよく承知しましたね?!」
「まぁ、そこらへんは企業秘密ということで」
「凄い・・・・」
「恐縮です」
「でも、私に株なんて・・・知識もないし」
「持ってるだけで配当金が振り込まれてくる。何も知識などいりませんよ」
「でも」
「どうしても困るというのなら、売って金に替えたらいい」
「でもお金なら充分にいただいていますしこれ以上は・・・」
「いいですか?絢子さん」
神戸はソファの背から身を起こし、絢子との距離を詰めた。
「金で全てが解決できるわけじゃない。
どんだけ札束を積まれても、貴女が心に負った傷は
癒えるわけでもない。でも、これを代価として事を収めるのが
今の世の中のしくみや。
貴女の傷の代償として充分とは言えないが
これが合法的かつ穏便に相手から取れる精一杯だと思う。
だから躊躇も遠慮も必要ない。それに・・・現実問題として
女が一人で生きていくなら金ほど強い味方はないと思うけど?
違いますか?」
「違わない・・です。仰る通りかも」
「ご賛同いただけてよかった。金はどれだけあっても重いもんと違う。
持ってて損はない」
そう言って柔らかく笑った彼に絢子は全てを一任した。
「あぁそうや。これは要らん事かもしれへんけど・・・」
歯切れの良い神戸が珍しく言い澱んだ姿に絢子は胸騒ぎを覚えた。