Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「?」
「伸吾氏は家を出ましたよ」
「ええっ?!」
神戸の話によると、子どもの親権譲渡は
母親が頑なに拒んだために決裂したのだそうだ。
「どれだけお金を積まれても応じないと跳ね除けたらしい。
ちょっと拍手を送りたなりましたわ」
本当に、と絢子も小さく頷いた。
慌てる義父の顔が見たかった、と絢子は思った。
「高城氏は次の手として伸吾氏との再婚を提示しましたが
見くびってくれるなと一蹴したんやそうです。
貴女の前でなんですが…彼女の意地とプライドに痺れましたわ~」
それには絢子も同感だった。胸のすく思いがした。
「で、そんな彼女を見て、目が覚めたのか
伸吾氏は家を出て会社も辞めて、彼女と出直すことにしたようです。
ちなみに秘書だったアイツもそれを機に会社を辞めて
人材派遣の会社を興しました」
「それは良かったですけど・・・ 高城のご両親は?」
絢子の問いかけに神戸は薄く笑って
「それは「心配」ですか?それとも冷やかしですか?」と答えた。
「別に・・・どちらでもありません。ちょっと気になっただけ」
嘘じゃなかった。
たった2年の短い間でも親と呼んだ人たちだ。
それなりに気がかりではあった。
「すみません、意地悪な聞き方をして」と口の端だけで笑った神戸は
カップを取り珈琲を一口啜ってから言葉を続けた。
「ま、心配は要りませんよ。高城氏はまだまだ現役として
バリバリの御仁ですからね。何とかするでしょ」
それから半年後に絢子は実家を出た。
老舗だけに出戻った娘がいるのはイメージダウンにもなるだろうし
まだ若いのだからいずれは・・・と
再婚をほのめかす両親には申し訳ないが
そんなつもりはもう全くないだけに、余計な気遣いをさせてしまう。
結婚はもう懲り懲りだと絢子は痛感していた。
それに繋がる恋愛ももうたくさん。もういい。もういらない。
一人で暮していけるだけのものはあの弁護士が手配してくれた。
これからは静かに穏やかに余生を過ごそう。
その密やかな決意と共に絢子は新しい土地で新しい生活を始めたのだった。