Enchante ~あなたに逢えてよかった~

しかし今は・・・
格下の相手に惨敗し、そこから勝てなくなった自分を
何よりも惨めだと感じていた。
そう、男妾だの身売りだのと罵られたときよりも。
澤田自身、それに気づいて愕然とした。


テニスの世界では王者が格下に負けることは珍しくない。
体調不調や怪我はもちろん、気持ちが途切れ集中できないだけで
負けてしまうこともある。
一対一の激しいラリーの応酬が4時間以上続くこともあるスポーツだ。 
何が起こっても不思議じゃない。勝敗の行方は王者であっても
終ってみなければ分からないのだ。


そして持てる力の全てで挑み、たとえ負けたとしても
恥じることも惨めだと感じる必要もない。
むしろ自身のウイークポイントを発見できた貴重な結果でもある。
必要なのは省みて克服することだ。


そんなことはラケットを握った幼い頃から
教訓として心身に深く刻み込まれていたはずだった。
それに従って今日まで驕らず慢心せず
ストイックに厳しく自身を鍛えてきたという自負もあった。


それなのに・・・と澤田は唇を噛んだ。

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