Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「あらいいわね!イケメンの体育講師だなんて萌えるわ~」


庭に面したウッドデッキからキャサリンが顔をだした。
額に滲む汗をくまのプーさんの耳がついた可愛いタオルで拭っている。


「駿ちゃん目当てのママたちがこっそり見学にきちゃうかもよ?」

「俺はそんな有名人じゃないですよ」

「有名無名は関係ないの。このボディにこの顔がくっついてるんだもの~。黙っていたって人目惹いちゃうわよぅ、ねえ?アーヤ」


ちょうどキッチンから珈琲を運んできた絢子にキャサリンが声をかけた。


「え?・・・あぁ まぁそうかもしれないわね」


努めて平静に珈琲カップをひとつひとつ並べていた絢子も
内心は穏やかではなかった。
たとえバイトでも何か仕事をすることはいい事だ。気も紛れるだろう。
でも人目を集め騒がれるのはどうだろう・・・。
それが嫌だったから東京ではなく此処へ来たのだということを
大和から聞いたのはつい先日のことだ。駿との関係が親密になったのを
まるで察したかのようなタイミングで打ち明けられた絢子は
僅かに眉根を寄せた。


「大丈夫ですよ。ウチの園児のママさんたちは常識も良識も
ちゃんとあるヒトばかりですから」


ま、こっそり密やかに覗くくらいはあるかもしれませんけど、と
大和は悪戯な笑みを浮かべて珈琲を一口啜った。


「それに、澤田君なら大丈夫でしょう」


カップをソーサーに戻した大和はソファの背凭れに
ゆったりと仰け反るように背中を預けた。
その大和ににじり寄るようにしてキャサリンが声をかけた。


「駿ちゃんならって、アンタ!駿ちゃんの何が大丈夫なのよぅ?」


大丈夫なわけないでしょう?こーんなにイイ男なのにぃと
キャサリンは陶酔した眼差しで駿を見つめた。


「いやぁ彼ね?昔っから真面目でカタイんですよ。超硬派でね。
騒がれたからといって愛想よく振舞うこともできないし。
それを照れていると見る人も居ますが
彼の場合、照れるというより冷めている感じがしますからねえ。
ママさんたちの熱もすぐ冷めますよ」

「あー・・・それ、何となくわかるわあ。こないだ店に来た時も
全然ノッてこないんだもの。つまんなくって」


キャサリンは大いに納得して頷き
持っていたコントレックスの蓋を開けるとゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
憮然とした表情で腕組みをしている澤田を見て
絢子は困ったような微笑を浮かべた。


「しかし、教育の現場にはその真面目さと堅さはうってつけです。
幼いからといって優しいばかりの指導ではいけない。
厳しさも必要なのです。体力作りを通してそれを君に担ってもらいたいと
ボクは思っているのです」

「ですが・・・」

「人材を育成する経験はこれからの君にとって
得にはなっても損にはなりませんよ。
君だっていつか必ず人を育てる側に立つわけですしね」


親として子を育てるかもしれない。
引退後はコーチとして後継者を育てるかもしれない。
はたまた全く別の仕事に就いて、そこで後輩の指導をしたり
上司として部下を育てるかもしれない。
大和の言う通りだと納得した澤田は腕を解き居住まいを正した。


「わかりました。お引き受けします。よろしくお願いします」

「よかった!」



では早速、と大和が澤田に渡したのは
ひよこの親子のアップリケがついたパステルブルーのエプロンだった。

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