Enchante ~あなたに逢えてよかった~
それだけ、というのは、そういうことだったのか、と絢子は合点がいった。
「それは・・・」
言葉尻を濁し視線を逸らした絢子の頬を今度は澤田が両手で包んだ。
「俺は絢子をお嫁さんにしたい。
こうしてこのままずっと一緒に暮していきたい」
その言葉を聞いた絢子の胸中は揺れた。
困惑と喜びが綯交ぜになったような複雑な想いが渦を巻いて動き出した。
「なーに言ってるかな!テニスはどうするの」
「テニスだけが人生じゃない。現役もいつかは引退するんだ。
それが少し早くなったと思えばいい」
「バカ言わないの。そんなの世間が許さないわ」
「世間など関係ない。俺の人生だ。どうしようと俺の自由だ」
「でもね・・・」
聞く耳持たぬといわんばかりに絢子の言葉を遮って澤田は言葉を続けた。
「未来と将来のある子供達を指導するのは、実にやりがいのある仕事だ。
そして絢子。君というかけがいのない伴侶も見つけた。
豊かに人間らしく生きるとはこういう事だと俺は思う。
もう殺伐としたあの選手生活に未練はない」
その刹那、絢子の脳裏に三木の強張った表情と言葉が浮かんだ。
「ね、駿。ちょっと待って!お願い、聞いて?」
「嫌だ。聞けない」
澤田は絢子の反論をキスで塞いで、膝の上にあった絢子の身体を
ソファに横倒しにすると、覆い被さるように圧し掛かった。
彼女がいくらもがいたところで澤田の大きな身体はびくともしない。
絢子・・・と吐息のような声で何度も名を呼ばれ
唇が肌を伝い、舌が滑り、指先が艶かしい愛撫を始めた。
こうなるともう何も考えられなくなってしまう絢子だった。
いつもなら、このまま澤田の熱に翻弄され与えられる快楽に身を任せて
絶頂へと駆け上がり弾ける。けれどこの時ばかりはそうはいかなかった。
―選手生活に未練はない―
澤田に与えられる悦びに陶酔しながらも、その一言が気になって
いつもの様に意識の全てを彼にゆだねる事ができなかった。