Enchante ~あなたに逢えてよかった~
規模は小さくても皇族が利用した事もあるという由緒あるホテルは
造りもさることながら、教育の行き届いたスタッフの仕事ぶりが
訪れる人に安らぎと心地よさを与えてくれた。
そのスイートルームへ通された時は絢子はいささか驚いた。


「ここってスイート?・・・」

「そうです。入って」

「でも」



本当に大和とどうこうなるつもりはない。
それなのに ここまでしてもらうのはどうかと気が引けて
絢子はドアの先へ進めずにいた。



「これくらいしないと真実味が出ないでしょ?
もしも彼が老練な刑事みたいに調べたらどうします?」

「それにしたって普通のお部屋でも十分だと思うんだけど・・・」

「何はともあれ、絢子さんとの初めての夜には違いないですからね。
ちょっと奮発したくなったんです」



ね?と微笑んだ大和に
心でありがとうと手を合わせて部屋へ入った。



グラス一杯だけのワインと他愛の無い会話の後で大和は
「少し眠りましょう」 と絢子の腕を引き、隣の部屋へ入ると
広々と舌ダブルベッドに横たわった。



「ほら、絢子さんも。おいで」
「でも」
「大丈夫。眠るだけです。何もしませんよ」



そう言って絢子をベッドに引っ張り込むと背中越しに抱きしめた。



「大和くん!?」

「いえね、絢子さんにボクの移り香がしていた方がいいと思って。
それと・・・」

「?」

「証拠をね」

「はい?」



ちりっと熱い痛みを項に感じて
それがキスマークだと気付いた絢子は焦った。



「大和くん!!こんなの困る」

「でもアリバイ工作は入念にしないとね。相手はあの澤田君ですから」

「そうだけど・・・あ」


大和は絢子の身体をくるりと返すと
素早くブラウスのボタンを二つ外して
肩口まで肌蹴させた。



「ちょっ・・・大和くん?!」
「大丈夫。これ以上脱がさないから。おとなしくしていて」



絢子の肩に顔を埋めると
鎖骨の下と肩先に小さな紅い花弁のような痕を
ちゅ、ちゅ、と二つつけた。



「こんな程度じゃ、あまり証拠にはならないかもしれませんけどね。
本当なら体中に付けたいところです」



そんな・・・と唸って考え込んだ絢子を抱きしめなおした大和が
「冗談ですよ」 と笑った。



それからしばらくして、大和の穏やかな寝息を髪に感じながら
いつの間にか眠ってしまった絢子が大和の声で起こされたのは
夜も明けやらぬ午前4時。
絢子は朦朧としたまま起き上がり簡単に髪を直してホテルを後にした。

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