Enchante ~あなたに逢えてよかった~
これまでの全てを捨てて、再び挑戦者として挑む精神と身体を
再構築しなければならない。
心身ともに鍛え直さなければ這い上がってはいけない。
解ってはいた。しかしそれは想像以上に厳しく困難なことだった。
無理も無い。邦人として快挙。そう称えられる世界ランキング20位は
本人にしても想定以上の成績だ。
そんな格別の達成感を一度味わってしまうと
そこからもう一度初心に返って出直すのは一流選手といえど至難の業だ。
全仏の惨敗でマスコミからは25歳にしてもはや体力に翳りか?と叩かれた。
アジアは所詮欧米の上には立てないのだと陰で嘲笑されもした。
そんな事は無いと奮い立つ気持ちでラケットを握りコートに立つも
思うように身体が動かず気力も途切れ、勝てない日々が続いた。
そしてまた酷評される。その繰り返しだった。
どんなにもがいても足掻いても負の連鎖から抜け出せない。
負けては叩かれ、また負ける。そのうち酷評すらもされなくなった。
そんな時だった。スポンサーのいくつかからは契約期間を繰上げ
今後の契約継続は見合わせるとのの連絡があったとマネージャーから聞かされた。
「今の君に一番必要なものだ」
マネージャーが差し出したのは、日本への航空券だった。
「しばらく故郷で休養するといい。復帰のリミットは半年後の全豪だ。
引退になるようなら知らせてくれ」
いつも要点だけを無駄無く伝えるマネージャーの
ビジネスライクに徹した口調が澤田は嫌いではなかった。
むしろ小気味良いとさえ感じていた。
しかしこの時ばかりはやけに素っ気無く冷たく感じた。
そんな自分を澤田は胸の内で自嘲した。
何を期待していたのだろう、と。
優しい慰めか。それとも暖かい励ましか。
誰かに甘えたいのか?すがりたいのか?
・・・情けない。
小さく頷いて航空券を手にした澤田は、翌々日には機上の人となった。