Enchante ~あなたに逢えてよかった~
熱の無い長いキスの後、大和は絢子の額に自分の額をつけて
「一人で大丈夫ですか」と小声で訊ねた。


「大丈夫・・・」
「一緒に行ってボクが話しましょうか」
「ううん、ホントに大丈夫」


わかりました、と大和は小さく頷いて絢子を放した。


「ありがとう。色々とごめんね」


何の、と薄く笑った大和は「頑張って」と絢子の手を取って
冷えた指先にそっと口づけた。



大和の車を見送った絢子は玄関ドアの手前で立ち止まると
深呼吸をして静かにドアを開けた。
そのドアが閉まるより早くリビングから澤田が現れた。
予想通りだ。そしておそらく思惑通りに
大和とのキスも見ていたはずだ。
絢子は震えそうになるのを堪えて平静に 
ただいま、と微笑みを作った。



「・・・先輩と一緒だったのか」
「ええ」
「忘年会は?」
「待ってなくてよかったのに。メールしたのよ?見なかった?」
「絢子」
「遅くなるから先に寝ててって、確か0時過ぎに・・・」
「絢子!」


険しい表情の澤田の厳しい視線が射抜いた。


「どういう事だ」
「こういう事よ」
「わからないな」
「・・・見ていたんでしょう?」
「説明してくれないか」
「後でいい?眠いの」



気だるげに髪をかき上げた絢子が澤田の脇を通り抜けた瞬間
鋭い声が冷えた空気を裂いて彼女の背中に突き刺さった。



「絢子!」



体が小刻みに震えだしたのは寒さのせいだけではない。
絢子は澤田へと振り返らない事で
くじけてしまいそうになる自分を何とか奮い立たせた。
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