Enchante ~あなたに逢えてよかった~
「もう・・・私達、やめにしない?」
「やめる?」
「ただの下宿人と家主の関係に戻りましょう」
「一体どうしたんだ?何があった?」



背中を向けたまま会話をする絢子に
焦れた澤田が彼女の前に回りこんだ。
その威圧感に怯んだ絢子は思わず小さく後ずさった。


「お・・重いのよ。あなたの気持ちが」
「重い?」
「言ったでしょう?私はもう二度と結婚はしない。
それに繋がる恋愛もしないって。だからあなたのその・・・
ずっと一緒にとか、伴侶とか・・・そういうのが重いの」


本当は違う。違うのよ?その気持ちがどれだけ嬉しかったか知れないと
絢子の心が声にならない声で叫んだ。



「絢子・・・」


呆然として自分を見る澤田から目を逸らしたかった。
けれど、それはできない、してはいけないと絢子は拳を握った。


「私ももういい加減大人だから、男性が欲しい時はあるわ。
だからそういう時に満たしてくれる人がいてくれれば、それでいいの。
夫とか恋人とか・・・そういうのはもう必要ないの。家も仕事もある。
一人で生きるのに不都合はないもの」


嘘をつくことはこんなにも辛いことだっただろうか。
絢子は澤田の誠実に後ろ足で砂をかけているような自分の言葉に
吐き気を覚えた。


< 92 / 112 >

この作品をシェア

pagetop