Enchante ~あなたに逢えてよかった~

「調子はどうです?」

「ええ、まあ・・・」


両腕分の距離をおいて大和の後を歩く澤田の声は固かった。
同じように表情も硬いのだろう。大和は小さくため息をつき
足を止めて振り返った。


「それはよかった」

「・・・何です?用がないのならば、練習に戻りたいのですが」


大和の想像通りの表情で冷淡に言葉を返した澤田に大和は苦く笑った。



「相変わらずですねぇ」

「・・・失礼します」



踵を返した澤田に大和は慌てて声をかけた。



「まぁまぁ!ちょっと待ってくださいヨ。ボクもその・・・
これでもどう切り出そうかと悩んでるんですから」


澤田が立ち止まったのを確認した大和は
並木の間にあるベンチに腰を下ろすと目の前の後輩を見上げた。



「キミも座りませんか?」

「いいえ」



硬い表情のままの澤田の、予想通りの答えに大和はまた苦く微笑んだ。



「全豪OP 出るんですね?」

「はい」

「出発はいつですか?」

「明後日です」

「それはまた・・・早いなぁ」

「遅いくらいです。全豪まで1ヶ月を切りましたし」

「その全豪での活躍をすごく祈ってましたよ。絢子さん」

「っ・・・」



絢子の名前に瞠目した澤田を一瞥した大和は
大きく伸びをしながら立ち上がった。



「ま、君にしてみれば何を今更ってトコでしょうけどね」

「いえ・・・」

「軽蔑していますか?彼女のこと」

「・・・わかりません」

「そうですか」


何かを逡巡しているかのようにうーん…と唸って
ズボンのポケットに両手を突っ込んで俯いていた大和は
はあ、と大げさなため息を吐いて顔を上げた。


「澤田君」

「はい」

「本当に気付かなかったんですか?」

「え?」

「絢子さんのお芝居に」

「芝居?」

「あんな茶番、絶対通じるはずないと思ってたんですが
キミも案外単純ですねえ」



そういって笑った大和は
本当は君には黙っている約束なんですが、と前置いてから
あの夜の事は自分と絢子が仕組んだ事で
それは絢子が澤田にもう一度テニスの世界に戻ってもらいたいという
一途な思いから止む無くした事なのだと全ての事情を明らかにした。

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