ハルク
「遅いからよ、バックレられたと思ったよ」

だぶだぶのズボンに携帯電話を押し込んで、私に話し掛けてきた。私は男の人に腕を捕まれているのに、私の前にいる男の人のことは全然目に入らないみたいだ。

サンダルが擦れる音を響かせて歩くおっさん。腕には安っぽい金色の時計。白いポロシャツの下は、メタボなぽっこりお腹。背はお世辞にも高いとは言えない。私と同じくらいか、それよりちょっと低い。

「ま、行こうや」

だるそうに声を出して、くるっと後ろを向いた。

男の人の手からすり抜けて、私はおっさんの後に続いた。

「ちょっと待ってください!」

男の人は、声を張ったけど、パチンコ屋のドアがちょうど開いて、騒々しさに声の大きさは紛れた。

おっさんは一秒くらいの間を空けて振り返った。

「は?」

「彼女は僕の妹なんです。連れて行かせません!」

「違うし…」

呟いただけのつもりがおっさんには届いていた。

「この子は、違うって言ってるよ」

「やっ、ちょっと、待っ」
おっさんが歩き出したので私も慌てて後に付いていく。
男の人は急いでおっさんの前に立ちはだかった。

「あのっ!お願いします」
目の前でぺこっと頭を下げておっさんの顔面前に、つむじを晒し出す。
私はそのつむじを、おっさんの薄い後頭部越しに見ていた。

何もどうしたらいいかわからない。おっさんに進んで付いていきたいわけじゃない。だけど、私はこのお兄さんの妹でもない。

おっさんはしばらくつむじを観察してから言った。

「10万」

「え?」

「あのなーワシだって金くらい持っとるのよ」

「そんな大金…」

おじさんは「はぁ」と溜め息を付いてズボンの上からお尻を掻いた。

「ちょっと萎えてきたしな。わかった。3万で許したるわ」

だるそうに訳のわからないことを言う。私はおっさんのモノではないしお金で買われたわけでもない。

「あ、ああ。3万くらいなら…」

お兄さんは背負っていたリュックを下ろして中を探り始めた。

この人も大概だ…

「あ、あれ、ないな…ちょっとすみません…」

リュックの中身を道路の上に並べた始めた。筆箱に教科書。ノートに、クリアファイル…財布は、無い。

「あ、れ…すみません。財布忘れてきたみたいで…」
おっさんはお兄さんをほったらかしにして「ほんなら駄目だな」と歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

すかさず後を追おうとするも、道に広げたクリアファイルを拾おうとして印刷物をぶちまけて、あわあわしている。私はその様子を横目で見て、おっさんの後ろを付いていった。
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