ハルク
「…それで?安美ちゃんは?」

私ははるくの問いに首を振った。

「わかんない…。誰かが安美を追い掛けて行ったけど…」

私には取り巻きたちに顔を背けた後の安美の表情が一瞬だけど、見えた。

声を掛けられなかった。あんな安美の顔を見たら。

眉の真ん中にシワを寄せて。…怒った顔じゃない。今にも泣いてしまいそう。
そんな表情だった。

「はるく、私…」

あ…

涙が出そうになる。
顔の芯がじわっと暖かくなって鼻がツンとした。

「はるく…」

今泣いてしまったら、はるくに泣かされたみたいになる。
鼻をスンと啜ると、出そうだった涙はサッと引いてしまった。

なんて逃げ足の速い涙だろう。
私が出て欲しいと思ったときには出ないくせに。

はるくの顔が穏やかに綻んだ。

「私…、安美と話す。…安美と……向き合う」

自分にそう言い聞かせながら、私の記憶は安美と出会ったころに飛んでいた。
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