キスから魔法がとけるまで
偉そうに脚を組み、片手に煙草の煙りを漂わせるその男に、もう一度近付き声を張り上げた。
「あの!喫煙所はあーちーらーですーよー!?」
『ああ、ああ。悪いな、そんな感じで頼む……』
「ちょっと!迷惑なんですけどー!」
「ああ~!うるさい!おい!ちと黙っててくれないか?今大事な話……」
「「ああ!!」」
眉間に皺を寄せ、男が振り向いた瞬間。
驚きのあまりに声が出てしまった。
それは、あちらも同様で、大層あたふたした様子で、ケータイを握った手で私を指差した。
「お前、昨日の……だよな?どこから俺をつけて来た?」
「は!?何で私が?見ればわかりますよね?就活中なんですよ、私。忙しくてそんな暇はな・い・ん・で・す!それに、あなたなんて全くもって知らないんで!」
「嘘だろ?俺を知らないのか?この御時世で?」
「知りませんよ、興味も無いですし」
男はふーんと、煙草の火を靴底で消すと、舐めるようにじろじろと私を見回し、フッと感じの悪い笑を浮かべた。
「……何ですか?」
「いや、忙しい就活生が、何でこんな所でのんびりしてるのかなってな。さては、何処にも内定貰えず人生に絶望してるってとこか。お前、まさかあそこ受けたんじゃねぇだろうな?
」
あそこ?
男が視線を送る先には、あの大企業real U nationが見えていて、私はブンブンと頭を振った。
「まさか、あんな所。興味もないですし、変な記事も出ちゃってますからね、受けるわけないですよ」
「あっそ。まぁ、お前が受かるような企業じゃないからな」
この男……
見てくれは良いが、兎に角何かとはなにつく奴だ。
「で?何処に受けたんだ?」
「まだ、その話ひっぱりますか?」
「知らないだろうが、この御時世、ブラック企業や悪徳なところも数多いんだよ。お前が受かる見込みがあるなんてとこは、見るからに怪しいと疑ってかかった方がいい」
「御心配無用です!面接の人も感じのイイ人でしたし、変な記事が出ちゃってるあそこよりは全然マシですから」
あっそ。っと、苦い顔を見せると、彼は再びジャケットの内ポケットから煙草を出すと、トントンとなれた手付きで一本取り出した。