君が口ずさんだ歌
深雪は、時々僕の部屋に来て料理を作ってくれる。
外の寒さに負けない、温かなシチュー。
深雪がここにいる、という温もり。
クルクルとかき混ぜるホワイトシチューの香りが、むさ苦しい僕の部屋に優しい生活感を漂わせてくれる。
テレビの前でスポーツ新聞を床に広げ。
オヤジみたいに胡坐をかいている僕に向かって、深雪が声を掛けてくる。
「ねぇ、孝也。味見してみて」
背中にかかる声に振り向くと、小皿を片手に深雪が首をかしげている。
僕は、深雪のこの仕草がとても好きだった。
伺うように、それでいて少し甘えたような表情。
そんな時、僕は少しだけ仕方ないな、という感じを装い立ち上がり、狭くむさ苦しい部屋の更に狭い台所へと向かう。
「はい」
渡された小皿には、味見用に少しだけのホワイトシチューがとろりと乗っている。
僕にそれを手渡しながら、深雪はご機嫌に歌を口ずさむ。
それは、いつかどこかで聴いたような。
だけど、うまく思い出せなくて。
それでも、深雪がご機嫌に口ずさんでいるから、僕も同じようにそのフレーズを心で繰り返した。