君が口ずさんだ歌




「うん。うまい」

僕がぺろりと舐めた皿を笑顔で返すと、彼女は口ずさんでいた歌を止めニコリと笑顔を返す。

「そう。よかった」

深雪とこうやって僕の部屋でご飯を食べるのは、一ヶ月のうちたったの数回だった。

あとは、二人とも仕事が忙しくてなかなか会えない事が多かったんだ。
そんな時、僕は一人でカップラーメンをすすったり、コンビニ弁当を食べたり。
給料日あとには、外食をする事もある。

深雪は、いつでも作ってあげるのに、って笑うけど。
仕事に追われているのは、わかっているから無理は言えないし、僕も同じように忙しい。

その上、ここにはまともな調理器具も調味料もない。
小さな冷蔵庫の中身は、飲み物とすぐに口に出来る加工品だけ。
こんな狭くて台所とも呼べない場所で食事を作ってもらうのも、窮屈そうで悪い気がしていた。

だったら、深雪の部屋に行けばいいって話だろうけど。
残念ながら深雪は、実家暮らしだった。

二十五歳を過ぎて、彼女の実家に顔を出すってことは。
なんだか、それなりの責任を負わなきゃいけない気がして、どうしても躊躇ってしまう。
深雪は、気にすることないのに、って笑うけど、そういうわけにもいかない。

会社では、後輩も入ってきて一応先輩と呼ばれてもいる。
けど、僕はまだまだ半人前以下で。
深雪の両親を前にして、胸を張れるほどの男じゃない。




< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop