君が口ずさんだ歌




目の前に置かれたシチューは、僕の大好物だった。
深雪は、僕のこの好物を一ヶ月に一度は作ってくれる。
歌を口ずさみながら、このシチューを僕のために作ってくれるんだ。
まるで、このシチューとその歌がワンセットのよう。
シチューの時には、その歌を歌うことが当たり前のようになっていた。
もちろん、他の料理を作っている時も何か口ずさんでいるようだったけど。
シチューの時には、決まってこの歌だった。

けど、いつからだろう。
その歌が聴こえなくなっていたのは。

一ヶ月に一度のそのシチューは、二ヶ月に一度になり。
そのうち季節は変わり、シチューなんて感じでもなくなって。
君が口ずさんでいた歌は、いつの間にか聴こえなくなっていた。

テレビの音と新聞を捲る音。
包丁の音と水の流れる音。
それ以外、僕のこのむさ苦しい部屋に音はなかった。
二人の声は、なくなっていたんだ。




< 4 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop