君が口ずさんだ歌
――――味見して?
背中に向けて掛けられていた声も、いつしかなくなり。
僕が好きだった仕草も、ずっと見ていない。
静かな食卓は、黙々と箸をすすめ、空腹を満たすだけの時間となった。
君が味見を頼まなくなった時に、どうして僕は、自分からその狭い台所へと行かなかったんだろう。
君が歌を口ずさまなくなった時に、どうして僕は、自分から歌を口ずさまなかったんだろう。
少しのすれ違い。
少しの蟠り。
少しの寂しさ。
少しの涙。
気付かないフリをしたまま、毎日を重ねてしまった僕は、君が口ずさむ歌をもう聴けない。
その歌の続きも。
その歌のタイトルも。
もう、訊くかこができない。
胸を張れないなんて言い訳だった。
ただ、怖かっただけ。
真っ直ぐ君と向き合うのが怖かっただけ。
臆病な心を誤魔化し続けたら、君の歌を聴けなくなった。
なのに、今も思い出してしまうんだ。
君が狭い台所で振り返った表情を。
僕のために作ってくれたシチューの味を。
ワンフレーズだけの、君が口ずさんだ歌を――――。