竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち
プロローグ
「いいかい、エリィ。靴はこうやって紐をギュウッと締めるものなんだ」
言葉通り、彼が靴の紐を縛り上げるといい音がした。
もっとも基本的な紐の通し方、パラレル。
「そう。こうやってね……」
あの人は私の手を取り、手際よく靴紐を結んでいく。
うまくできると、たくさん褒めてくれた。
一度履いた靴は四日休ませる。
新しい靴を買ったら、一緒に靴紐も買っておく。
年季の入ったいい表情になった革靴に、新しい紐靴は似合わないから、わざと紐を汚して、それを使う。
彼が私に教えてくれたのは靴のことだけじゃない。
スーツのブラシのかけ方、シャツの選び方、ネクタイのうんちく、ボタンの歴史、幼い私に、物語のように語って聞かせた。
私はそれを語るあの人が、とても好きだった。
だけど今は好きじゃない。いや、大嫌い。
あの人が出て行ったのは桜の散る季節だった――。
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