竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち
コンプレックス
三兄弟のもとで暮らし始めた当初は、いったいどうなることかと思ったが、実は『案外快適である』という事実が、エリをまたぼんやりとさせていた。
まず、長兄である雪光はかなり本業が忙しいらしく、エリにはほとんど関わってこない。
月翔は小姑だけど料理の腕前は超一級品で、ほとんど干渉してこない。
花沙だけが唯一エリを女として扱ってきたが、それはどちらかというと仲のいい男友達が増えたような雰囲気で、色っぽいことになったことは一度もない。
結局、やいのやいのと構われればきっとウルサイに違いないのだが、基本朝晩の食事時に顔を会わすかどうか程度の関係だと、摩擦も起こらないのだ。
「案外、悪くないのよね……」
「ヤッさん、なにが?」
「っ!!!」
社員食堂で話しかけられると思っていなかったエリの手元から、箸が転がり落ちた。
振り返ってみれば、そこにはトレイいっぱいにおかずを乗せた、和菓子コーナーのアルバイト宮田直子が立っていた。
彼女もちょうどお昼時らしい。
「いや、独り言」
さすがに男(しかもさざれ百貨店で噂になった)と暮らし始めましたなんて、言えない。
「ふーん。隣、いい?」
「うん、いいよ」