竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち

青天目ビルヂング十一階。

テーラー『Mistletoe』


ここに来るのは、アルバイト帰りに誘拐されて以来だった。

二十畳ほどのサロンは相変わらず美しく、白磁の花瓶の薔薇は匂うように美しい。



「――来ちゃった……」



今日はアルバイトはお休みだ。

花沙に連れられてMistletoeにやってきたエリは、緊張した面持ちでサロンを見回す。

時計の針は9時を指しているが、開店は10時からということだった。



「まぁ、とりあえず見るだけ見てよ」



チャコールグレーのスーツ姿の花沙は、そのままサロンの奥へ行き、エリを手招きする。



「わあ……」



駆け寄ってドアの中を見てみれば、そこにはぎっしりと生地がつまれていた。



「これ、全部スーツの生地なの?」

「そうだ。ここにあるのが全部じゃないけどね」



山と積まれた生地と一緒に、シックな薬箪笥風の箱が並べてある。



< 109 / 120 >

この作品をシェア

pagetop