竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち
青天目ビルヂング十一階。
テーラー『Mistletoe』
ここに来るのは、アルバイト帰りに誘拐されて以来だった。
二十畳ほどのサロンは相変わらず美しく、白磁の花瓶の薔薇は匂うように美しい。
「――来ちゃった……」
今日はアルバイトはお休みだ。
花沙に連れられてMistletoeにやってきたエリは、緊張した面持ちでサロンを見回す。
時計の針は9時を指しているが、開店は10時からということだった。
「まぁ、とりあえず見るだけ見てよ」
チャコールグレーのスーツ姿の花沙は、そのままサロンの奥へ行き、エリを手招きする。
「わあ……」
駆け寄ってドアの中を見てみれば、そこにはぎっしりと生地がつまれていた。
「これ、全部スーツの生地なの?」
「そうだ。ここにあるのが全部じゃないけどね」
山と積まれた生地と一緒に、シックな薬箪笥風の箱が並べてある。