竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち

「お母さんね、仕事をちょっと辞めて旅に出るから」

「――え?」

「ずっとそうしたかったの。だけど、踏ん切りがつかなくて……」



ギャグなのか?

これはなにかの冗談なのか?


エリは母親におそるおそる近寄って、顔を覗き込む。



「旅ってさ……冗談でしょ?」

「冗談でこんなこと言えるもんですか」



桜子はゆっくりと息を吐き、それからエリの白い手を両手で包み込むように握った。



「お父さん……あの人のこと……エリが嫌いだっていうのは仕方ないけど、彼は、それを受け入れるしかなかったのだけど……私は私よ。今でも愛してるから」

「――ッ……」



その時ばかりは、エリはそこにいた三兄弟の存在を忘れた。



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