竜家の優雅で憂鬱な婚約者たち

ウロウロしてるだけって……。



「あ、そろそろ帰らなきゃ」



椅子の上に置いてあったバッグを持って立ち上がると「ちょっと待ってよお~」と、直子が慌てたように言葉を続けた。



「ちゃんと話聞いてって。これには謎があるんだから」

「――謎?」



仰々しいと思いつつ、続きがあるなら聞かないわけにはいかない。

腰を下ろすと、直子が居住まいを正して口を開く。



「イケメンが姿を現し始めたのは、一か月くらい前のことらしいの……」



直子の話をまとめると、こうだった。



スーツ姿のイケメンがさざれ百貨店に最初に姿を現したのはひと月ほど前、春は目の前の、肌寒い季節だった。

毎日たくさんの客が出入りする百貨店だ。男一人の客が珍しいはずもない。

けれど週に一度、フロアが混んでいない午前中に各フロアをゆっくりと歩く『スーツのいい男』は、従業員の話題になった。



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