ラララ吉祥寺
わたし、山本文子三十五歳、独身。職業イラストレーター。
といっても、雑誌の挿絵や広告のイラストなんかを細々と描いて食いつないでいるだけの小物絵描きだ。
自己主張の無い絵が、云わばわたしの個性そのものでもある。
「ねぇ、サゼン?」
わたしは傍らで眠る猫の頭をそぉっと撫でた。
サゼンはわたしの同居人の一人である。
彼の毛は短く尻尾が短い。恐らく日本猫の雑種であると思われる白い雄猫。
といっても、顔に茶と黒の斑が若干ある。
何故か今日に限ってわたしに大人しく頭を撫でられている彼に、少しだけ違和感を覚えた。
(もしかしてわたしのことを気遣ってくれているのかも)
だって彼は我が家に居つくようで居つかない、根っからのさすらい猫なのだ。
気紛れで男らしく向こう見ず。売られた喧嘩は必ず買い、生傷が絶えない。
右目に大きな掻き傷が有り、それが彼のトレードマークとなっている。
で、わたしが彼に付けた呼び名が「丹下左膳」。
略してサゼン。
そんな彼が大人しくわたしの傍にいるなんてとても珍しいことなのだ。