ラララ吉祥寺

聞けば、木島さんはもう何ヶ月も前から、家の前を行き来する彼の姿に気付いていたという。

向こうは僕に全く気付く気配はありませんでしたけどね、と木島さんは苦笑した。

もうわたしの酔いはすっかり冷めていて。

突然現れた芽衣さんの兄の存在に、わたしの心は掻き乱されていて。

今更甘い気持ちで木島さんに向き合うなんて出来そうになかった。


「彼の知っている僕は、所謂世間一般でいうエリートで。海外営業を遮二無二こなす仕事の虫でしたから。

こんなところで僕に再会して、面食らったでしょうしね」

「全然想像できません……」

殆ど上の空で応えていた。

「それでいいんですよ。

まぁ、一般的には、そういうエリートを好む女性が多い世の中ですけど」

文子さんがそうでないことを願いますよ、と木島さんが小さく呟いた。

その声が妙に寂しく響いて、わたしは急に現実に引き戻される。

木島さんの目は、何処か遠くを見つめているようだった。
< 205 / 355 >

この作品をシェア

pagetop