ラララ吉祥寺
「先ほど呼び鈴を押させて貰ったのですが返事がないので、お帰りをお待ちしておりました」
その丁寧な口調に恐縮し、わたしは彼に名前を尋ねた。
「山本太郎と申します。
吉祥寺に来るのは三十年振りなんです。駅前もここら辺も随分変わりましたね。
でも、この家の佇まいだけは昔のままだ」
その名前には聞き覚えがあった。
そうだ、この土地のもう一人の所有者だ。
まさか、立ち退き交渉に現れた?
わたしの心臓は俄かに早く脈を打ち始めた。
「あの……、どのようなご用件でしょうか?」
わたしの怪訝そうな様子に少し驚いたように、彼が続けた。
「あれ、宏子さんから聞いていませんか?
今日は宏子さん、何時ごろお戻りでしょう?」
宏子、それは亡くなった母の名だった。
「母は昨年亡くなりました」
「えっ……」
彼は更に驚いた様子で、そのまま言葉を失った。