ラララ吉祥寺

「で、山本さんはその後一度も日本に戻らなかったんですか?」

「君は覚えていないかな、君が五歳になるくらいまでは、年に一二度は帰国していましたよ。

君と宏子に会いに、この家にも帰ってきた。

僕は何度も宏子に君を連れてフランスに来るよう言ったのだけれど、彼女は日本を離れることを嫌がってね。

というより、この家を離れたがらなかった。

最後に宏子に会ったのは三十年前、確か君が五歳の時だった。

一緒に暮らせないなら僕には家族とは思えないと、彼女にはきつい言葉を浴びせてしまった。

僕の仕事はフランスでの評価の方が高かったし、実際むこうの生活の方が僕には刺激的で捨てがたかった。

それから僕らは手紙のやり取りだけの繫がりになったんです。

宏子とは、遠い未来に、もしまだお互いがお互いを必要としていたら、また一緒に暮らそうと話して納得して。

年に何度が葉書を送ると、必ず返事をくれました。

君の成長や日々の暮らしの出来事が綴られた、宏子らしい手紙でしたよ。

それが昨年、返事が来なかったんです。

そんなことはこの三十年無かったことでしてね。

病に倒れたか、事故に遭ったか。

恐らく何か事情ができたのだろうと」


「それで日本にいらしたと」


わたしはいささか詰問口調で彼を咎めた。
< 253 / 355 >

この作品をシェア

pagetop